第三回全国大会出場者の伴走を終えて〜それぞれの公志園〜
第三回全国大会で、出場者・伴走者と共に6ヶ月間を過ごした学生伴走者の皆さんが、
当時を振り返ってコメントを寄せてくれました!
※所属は当時のもの

第三回社会イノベーター公志園 学生伴走者

久保塚 香織

日本工業大学 工学部 ものづくり環境学科3年

伴走した出場者

公志園は、年齢、立場を取っ払って自分の意見を言える場です。出場者の「らしさ」を知り、それを人に伝えるサポートをします。人が変わっていく姿を身近に見られ、やりがいを感じました。

出場者と伴走者の話を聞いていて、相手に伝わりやすい話し方を学びました。学生だけの空間では味わえない空気感を感じられます。自分の人生「何をやってもいいんだ」と思えたため、卒業後の進路の幅が格段に広がりました。

第三回社会イノベーター公志園 学生伴走者

篠崎 佑太

プリンストン大学 人類学学部 2013年6月卒

伴走した出場者

公志園とは、日本や世界の課題を主体的に解決したいと立ち上がった人々が集まるアツいアツ〜い場所です。社会イノベーターと日本屈指のビジネスマン達がタッグを組み、本気で世界を変えようとします。学生伴走は主にそんな人たちが具体的にどのように課題解決に取り組むのかを間近で体験できます。

課題を解決するためには、効果的な解決策を考えることと同時に、周りの人からの理解と共感も得なければなりません。難しいのは、必ずしも解決策や課題が一般人に魅力的に映るとは限らない事です。

それらを両立させようとするところがこの公志園という企画の奥深さであり、私にとっては非常に面白い側面でした。一番のやりがいは、本来だったら絶対会えないような凄い社会イノベーターやビジネスマンが本気で課題解決を模索する場に立ち会える事のみならず、そのプロセスに参加させてもらえることです。学生の頃にこんな貴重な経験は早々出来ないと思います。

私にとって一番難しかったのは、自分の役割を見つける事です。もちろん、伴走チームが行っている事を観察すること自体が非常に貴重な勉強とはなるのですが、ただ見ているだけで果たしてチームの一員と呼べるのか、自分に出来る事は無いのか悩みました。私が見つけた自分の役割は、毎回のミーティングの内容をまとめあげ、「議事録」を作る事でした。毎回の伴走ミーティングやワークショップは、本当に盛りだくさんで、なかなかその時々に得られる重要な「気づき」を全て覚えておく事は難しいのです。そこで、毎回のミーティングで得られた要点をまとめた議事録を作成したところ、好評でした。

私の場合もう大学は卒業していたのですが、例えとても難しい課題であっても、それに対して妥協抜きで頑張っている人がこんなにいるのだと知る事が出来、衝撃を受けました。起こせる変化は急激なものではないけれど、それでも少しずつ積み上げてきたから今があるのだと学びました。これからはそういう積み重ねを大事にしていきたいです。そして、このような草の根レベルでの人の理解や繋がりが、如何に大きな力になりうるかも分かりました。将来は興味分野の文化人類学を通して人と人との関係性の本質を学び、草の根レベルの活動に身を投じたいです。

第三回社会イノベーター公志園 学生伴走者

篠崎 ロビン 夏子

国際基督教大学 教養学部 アーツ・サイエンス学科1年

伴走した出場者

公志園とは様々な社会問題に挑む出場者が、半年間それぞれのチームと一緒になって活動を見つめ直していくものです。伴走者としては自分のチームの出場者の想いに寄り添い、最大限に言葉として引き出していくことが務めだと思います。皆からのフィードバックをキャッチし、一緒に紐解き、毎回のプレゼンテーションに生かせるようにお手伝いしました。伴走をしていて、一緒に出場者の想いを解きほぐしていくプロセスは自分自身への問いかけにも繋がり、自分についても深く考えるきっかけとなりました。色々な立場、分野との人々との交流、意見交換は自分自身の世界を見つめ直し、広げる機会となりました。担当の出場者の想いや事業が段々と周り(特に一般に向けてのプレゼンの場)での共感を得ていく様にやりがいを感じました。

年齢、職業柄問わず、公志園という一つの場、一つのゴールで繋がっている人々との出会いはかけがえのないものとなりました。公志園当時であまり面識の無かった人々でも、後のささやかな集まりで仲を深めていくのは嬉しいことです。

大事なのは、公志園の場で恐れずに率直に自分の意見を言う事だと思います。多くの出場者、また大人の伴走者は学生伴走者の言う事を真剣に聞き入れる姿勢をもってくださっているので、発言しないのは双方にとってもったいないと思います。学生だからこその視点は大事であり、我々がそこにいる意味の一つだと思うのでぜひ積極的にコミュニケーションをとってほしいです。

公志園を通じて、大人ってかっこいいなって思うようになりました。みんなの爆発的なエネルギーを感じ、自分も負けてられないなと思いました。また、心から尊敬する人、ロールモデルとする人も見つけることができました。その人たちには事業に関わらせていただくことで直接的に、また陰ながら活動を応援させていただくことで今も刺激を与えられ続けています。様々な業界での挑戦に直に触れ、各地で巻き起こった出場者への共感と感動の実感を経て、このような動きがもっと広まればよりよい世界ができるのではないかと本当に思いました。

第三回社会イノベーター公志園 学生伴走者

平井 良樹

東京大学 後期教養学部教養学科3年

伴走した出場者

公志園の場に参加している時、僕がいつも抱いていたのは、「ドキュメンタリー映画の中に居るみたい」という感覚でした。一人一人が人生をかけて取り組んでいる取組は全て、本や映画に出来るくらいエネルギーが込められています。その中で自分も映画の登場人物の一人として何が出来るのかを精一杯考える、参加することが出来るのが公志園なんだと、僕は理解しています。

その人のために何か貢献出来ることなんてないかもしれないけど、自分なりに出来ることを考える。ただ、見守るのではなくて、その人のために出来ることを精一杯考えるという形で、その人を「応援」する、それが伴走なんだと思います。

具体的に言えば、話を聞きながら、その人の戦う現場に行きながら、「どんなことを考えているんだろう」「どんなことが悩みなんだろう」とたくさん考えるという役割です!

ドキュメンタリー映画、番組ではカットされてしまうような、挑戦者の方々の「人間臭い」ところを見ることが出来たことです。公志園のプロセスの中では、挑戦者達がどのような思考を経て今の思いに至ったのかを、追体験することが出来ます。最初は綺麗に作られていたロジック、こんな崇高な人が居るのか!と思わせるようなお話も、だんだんとその原動力になっている感情や経験、とても人間らしく自分も投影出来るような心の動きに触れることが出来るというのは、公志園の中で関わる魅力だと思います。やりがい、とても難しく、まだ自分の中で消化出来ていないのですが、一つ言えるのは結晶大会に来てくれた友達が目を輝かせて、皆さんのスピーチを聞いてくれていた時は、この場に関われたことに誇りを持ちました。

「人の助けになること」と「価値観をおしつけること」の境界線はどこにあるのだろうという悩みがとても大きかったです。公志園のやりたいことは一口に「善」と呼んで良いものであるとは限らないと思います。自分の思いをさらけ出し相手の心に届ける。そのことを通じて、ある一人の人がリーダーとして道を歩んで行く。そんな一つの思想をもとに公志園は運営されています。この志と、出場者の関心は必ずしも一致しないと思います。このジレンマを踏まえて、それでも「この人たちと出会えて良かった」と思って貰えるような伴走を遂げるのは、どうすれば良いんだろう。ととても悩みました。

これは言うまでもないですが、一番良かったのは「ロールモデルとなるたくさんの素敵な人に出会えたこと」です。これは間違いありません。

その上で、の話ですが、僕は公志園に関わる中でとてつもなく苦しみました。
たくさんの出場者の方の人生、生き方を間のあたりにして、
「自分はなんのために生きれば良いんだ」
「この人たちのようにかっこ良く生きることは出来るんだろうか」
毎回公志園の集まりがある度に、いつもこの問いが僕につきまとっていました。
そういう意味で、公志園という場は自分が人生に向き合う場所でした。

僕のような迷える学生にとって、これ以上ない教育機会だったと思います。
学生伴走者に求められているのは、ただ出場者をサポートすることではなく、その経験を自分の人生にしっかり持ち帰ることだと思います。
つまり公志園に学生が関わる意義とは、この機会を通して存分に自分と向き合い、一人一人が次のオピニオンリーダーになっていくことなのではないでしょうか。

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